4・7
~孝吉の日記~
火。曇。どこのあてもなく歩いて停車場の方へ行た。スケッチを一枚。午後、市場のところから向ひのCa’ d’Oro[*カ・ドーロ。黄金の館]の方を描く(水彩)。芸術は客観の再現ではなくて、精神を以て人間が感じた自然の真実な悦の頂上でなければならない。崇高の悦と力と熱と重さの永き継続でなくてはならないと思ふ。
夕暮、川島さん[*川島理一郎]と街を歩いて土産屋をひやかす。夜のcanal[*運河]を汽船で帰る。あちこちの窓から燈がもれて、昔からの幾多のromanceが思ひやられる。
4・8
~孝吉の日記~
水。曇雨。朝、川島さんとAccademia[*アカデミア美術館]のところからSan Marco[*サン・マルコ広場]へantichità[*古美術品]を見て歩く。十八九世紀の絵だが出来がよい小さい油[*油彩画]を50₤で買ふ。おやじが日本人びいきだ。Cook[*旅行会社トーマス・クック]へ寄る。
午後、又、市場からCa’ d’Oroを写生する。夕、三人で街をSan Marcoの方へ歩く。色々の土産屋を見て歩いて愉快。夜、雲破れて月出で、canalを汽船で帰る。無量。

列柱越しの中央に見えるカ・ドーロ(黄金の館)(孝吉がイタリアで買った絵はがきより)。15世紀に建てられ、かつては建物が輝いていたという。