~孝吉の日記~
金。快晴。春らしい気候になって、沢山の人出だ。美くしい女も多く見受ける。男も新調の春着でしゃんとしてゐる。Collection Barracco[*バラッコ古代彫刻美術館をなすコレクション]を見る。こゝは二室しかないが、陳列品の内容が立派だ。Egypt、Assyria、Greece、Romeと立派なものが多い。随分よいものを受ける。
頭、torso[*トルソ。胴体部の彫刻]、reliefs[*浮彫]など二百点位はあるだらう。これが美でなければ世界に美は存在しないだらう。
古のCirco Agonale[*アゴナーレ競技場]、今のPiazza Navona[*ナヴォーナ広場]に三つの噴水があるのを見て帰る。午後はForum[*フォルム。フォロ・ロマーノ]の方へ出かける。Colosseo[*コロッセオ。円形闘技場]近くのAntiquarium[*出土品収蔵館]へ入る。他に客がないので、一人の為に開ける。古典の本場だとうなずかせる。庭にも館内にも壊れた円柱やmetope[*メトープ]や大理石像や台座のinscription[*碑文]などが磊々と置かれてゐる。中にはよいtorsoも沢山ある。こゝでも感心する。mosaico[*モザイク]も少しある。そこを出てPalatinus[*ラテン語「パラティヌス」、イタリア語「パラティーノ」]丘に上る。Roma建築の材料が主にbrick[*煉瓦]であった為にその構造が複雑で自由に造営されてゐるけれど、又、骨がない為もろかった。
蟻の巣のやうに幾重にもなって大きなruins[*遺跡]が砕けてゐる。沢山のreliefや柱頭が地に落ちて大理石の破片が山のやうにつまれてゐる。
栄華の果は哀れだが、尚そこに自分等は美をみとめる。
ColosseoからTerme Carcalla[*カラカラ浴場]からVia Appia[*アッピア街道]の方の丘へ一体の眺望が広くて広大な意図をいだかせる景色だ。英雄の心のやうな風景だ。
Stadium[*1]、Domus Augustiana[*アウグストゥス邸]、Domus Septimi Severi[*セプティミウス・セウェルス邸]、Domus Tiberiana[*ティベリウス邸]の跡は破れ地に落ちてはゐるが、尚一つの柱の破片にも偉大な意気と力を見出す。桃の花が地に落ちてのどかなり。
Forumを一廻する頃、夕陽、空に突立つcolomns[*円柱]に照る。写真もうつした。
【註】
*1 「競技場」と呼ばれるが、皇帝の私的な庭園だったとの説もある。
この日に孝吉が撮影したとみられる写真

コンポジット式の柱頭(パラティーノの丘・スタディオン)。ギリシャ建築のイオニア式の特徴である渦巻と、コリント式の特徴であるアカンサスの葉を組み合わせ、ローマで生まれた。

柱頭(パラティーノの丘)。古代美術にますます関心を深める孝吉は、柱頭の一つ一つにまなざしを向けている。

柱頭を飾るアカンサスの葉の形は多様だ。(フォロ・ロマーノ)

パラティーノの丘にあるセプティミウス・セウェルス邸跡

衣服のひだが美しい彫像(フォロ・ロマーノ)