~孝吉の日記~
日曜日。曇。川島[*川島理一郎]さんとLloyds Bank[*ロイズ銀行]へ金を出しに行く為busに乗たが、銀行が日曜で駄目な事を思ひ出した。オペラ前からMadeleine[*マドレーヌ]へ歩く。どの店も皆戸を閉して淋しい。Madeleine[*Église de la Madeleine。マドレーヌ寺院]堂々たる列柱をくゞって堂内に入る。日曜日の事で参詣の男女でつまって居る。若い女の讃美歌が荘厳なる楽と共に聞える形式には引き付けられない自分も、感情は直接に自分の感情に働き、人しれぬ宗教的感情にうたれる。
外へ出てRue Royale[*ロワイヤル通り]のGalerie Druet[*ドリュエ画廊]のかどを通ってPlace Vendôme[*ヴァンドーム広場]を通ってOpéraからhotelに帰る。午後はMusée du Louvre[*ルーブル美術館]に行く。三階のMusée de Marine[*海洋博物館]を一覧する。何も面白くない。下へ下りて十七八九世紀のSculpture Moderne[*現代彫刻]の室を見る。何といふつまらない物なんだらう。近代の芸術は亡びたかとも思ふ。自然の表面の形のみで色彩と精神を抜きにした死骸に過ぎない。それと同時にEgypt、Assyria、Greece、India、Chinaなどの偉大なる芸術が身にしむ。昔の人間は何といふ尊いものを持ってゐた事か。自分の古典礼讃は益々その礎を築くばかりだ。
それから十二三世紀の彫刻を見る。こゝまではまだ弱いながらに生命を保てゐる。上代基督教の芸術である。Michelangeloの奴隷[*ミケランジェロ作《瀕死の奴隷》と《反抗する奴隷》]さへも古典崇拝の前にはあまり崇高なるものには見えなかった。Egyptの小さな土偶さへも益々光を放つ。
夜は川島氏夫妻[*川島理一郎・エイ]、本名氏夫妻[*本名文任・蝶]、岩田氏夫妻[*岩田豊雄・マリー]とMadeleine近くのDuphot[*デュフォ]通りの魚料理で名高いPrunier[*プルニエ]で晩餐。蛤、鰕、ヒラメ、シャトーブリアン[*牛フィレ肉の中央部]など皆うまい。五十法程で皆満腹する。Boulevard Madeleine[*Boulevard de la Madeleine。マドレーヌ大通り]、Italiens[*Boulevard des Italiens。イタリアン大通り]などを歩いて帰る。
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