1924(大正13)・12・21 パリ

~孝吉の日記~

日曜。七時半、夜が明ける。表のplace[*広場]には自働車が走り出す。八時半起床。窓外霧。曇。軽いコヽアとパンの朝食をすまして川島氏、岩田両氏がもう少し安いhotelを探してくれるので共に行く。街頭、冬枯の並木に霧立ちこめて落ちついたさびた重みのある家並び井然せいぜんとした街路。さすが世界流行の中心である。いきなstyleの女があちらにもこちらにも歩んで行く。小さい深い帽子を深くかぶって口紅を厚くして目を頻りに動かす。これもさすがParisienne[*パリ女性]だと思った。一軒きたないhotelをひやかした後にSt.Sulpice[*サン=シュルピス教会]脇に小さいがこじんまりした美くしいhotelを見出して約束する。それから本名氏も共に六人連で今度新たに開業したといふ湖月へ日本料理を食べに行く。タクシーが非常に安い。如何に洋食好きの自分も二ヶ月の洋食に少々飽きが来て日本料理が非常にうまかった。
それより近くのArc de Triomphe[*凱旋門]を見物。
さすがナポレオンの紀念だけあって堂々とした大きさは写真で想像したものを超へている。その周囲を自働車がじゅずつなぎに走て行く。その間を女が足早に歩む。広いシャンゼリゼーは見渡すところ霧が立込めて限りが見えない。夕暮のアーク燈が輝てコンクリートの道路にうつって水のやうである。
寒さ身に沁む。タクシーに乗ってシャンゼリゼーを通る。これもさすが世界の大通りで、その美くしさは西洋心酔をしたくない自分も少々西洋文明に憧れさゝれる。一度Hotel Lutetiaへ帰って朝約束したSt.Sulpice横のHôtel Récamierに引き移る。自分の部屋は六階で窓外に見上ぐるやうなSt.Sulpiceのfacade[*ファサード。建物正面の外観]の横が見える。こゝは前に木下杢太郎氏もとまった宿である。夜はhotelで菓子など食って又出る。タクシーをGrand Opera前で降りてBoulevard des Italiens[*イタリアン大通り]を歩く。東京でいふと銀ぶらといふところ。ハイカラの若い男女の間をおされおされて行く。赤い電光はまばゆく輝く。幻惑境だ。物質文明の頂点のやうにも思はれた。
それからGaumont-Palace[*映画館「ゴーモン・パラス」]のキネマを見に行く。その規模の大きなのは意外で、二万人を入れるそうである。こんな建物の一つさへ日本のtheaterにもない。九時から始って十二時頃まである。写真は大して変りもしない。少し早く出てタクシーで帰る。
十二時。冬の巴里はひるがうす暗く短くて生命は夜である。人皆も夜の歓楽の為に動いているやうである。部屋はおち着いた間で気もはらず非常に居心地がよい。一日25F。

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