~孝吉の日記~
日曜日。晴。朝から一人でMusée Rodin[*ロダン美術館]へ行ったが、午前は閉って居るのでTrocadéro[*1]へ行く。
陳列品の多くは中世の彫刻の複製でつまらない。
中世基督芸術の陰鬱、煩雑はあまり好きでない上、それがreproduction[*複製]なのでいやな物ばかりである。Cambodia[*カンボジア]、Indochina[*インドシナ]のものに少しoriginal[*原物]があるけれど、それも末期のものが多い。
午後になるのを待ってMusée Guimet [*2]へ行く。
こゝは思てゐたより立派なcollectionで、かく迠に東洋が蒐集研究されてゐる事に敬意を表する。殊にCambodia(Indochina)、China、Egypt、Greeceなどの彫刻は神品が多い。又せん明な写真が沢山陳列されて東洋人それ自身を驚かす。かく迠の努力と忍耐を以て研究する人を又日本にも欲しく思ふ。
印度、支那の芸術、特に仏教芸術がEgypt、Assyria、Greeceに対して劣らぬ偉大な物であるのは云ふ必要がない。
一寸大使館へ寄って、Étoile[*エトワール凱旋門]に登る。上って見ると中々高い。星光のやうに放射した大通を一目に見下す。霧にかすんだ巴里の市街。自働車、電車が虫のやうに動く。お上りさんのやうだが痛快だ。Métroで帰る。
夜、川島さん[*川島理一郎]に案内されて巴里で最も古くからあるといふCirque Médrano[*シルク・メドラノ。サーカス団]の曲芸を見に行く。Montmartre[*モンマルトル]のBal Tabarin[*バル・タバラン。キャバレー]の近くである。
ドガもスーラー[*スーラ]もよく描いた場面だ。古い巴里を見る気がする。馬や猿、羊、犬も可愛いく、男女の張り切た肉体の運動は中々美くしい。道化も面白い。自働車がないので馬車で帰たら一時だった。
*1 Palais du Trocadéro。トロカデロ宮。1878年の万国博覧会のために建てられ、終了後には比較彫刻博物館、民族誌博物館、カンボジア・インドシナ博物館が入っていた。1937年の万博に向けて35年に取り壊され、跡地に今のシャイヨ宮が建てられた。
*2 ギメ美術館。孝吉が訪れた時にはエジプト関連のコレクションもあったが、1945年にルーブル美術館へ移管された。同時に、東洋のコレクションをルーブル美術館から移管してさらに充実を図った。