1924(大正13)・12・24 パリ

~孝吉の日記~

曇。午前、すぐ一町[*109メートル]程のMusée du Luxembourg[*リュクサンブール美術館]へ行く。こゝは十九世紀近代の絵画彫刻が陳列されてゐる。Louvreの古代芸術に讃嘆した自分は近代の芸術にあまり感心もしない。さすがCézanne、Renoir、Manet、Matisse、Gauguinなどは自然の真にふれてゐる。けれど他の大きさばかり、唯の磨きあげた表面の浅い技巧ばかりは少くとも推古奈良の芸術を知って居る自分を引きつける何物をも持たない。
それよりSt.Germain[*サンジェルマン]附近で晝食ちゅうしょくして美術学校近くの美術写真屋をのぞいて見る。
午後、日本の某彫刻家が借りて居る居間をゆずると云ふので皆一所に見にゆく。あまり美くしい家ではないが安い。それよりtaxiでNotre-Dame[*ノートルダム大聖堂]に行く。日の短い巴里はもう四時には暗くなりかけてゐる。見上げる大きなお堂の中は暗くて陰鬱の宗教味がたゞよう。ステンドグラスは非常に美くしい効果を発揮してゐる。Gothic建築も現代の作り能はざる偉大を持ってゐる。それよりJardin des Tuileries[*チュイルリー公園]を走る。夕暮のアーク灯がまばゆく輝く。自働車が行つまって後にも前にも動けない事十数分。夕もやの立ちこめたChamps-Élysées[*シャンゼリゼ]を通りÉtoile[*Place de l’ Étoile、エトワール広場。今のシャルル・ド・ゴール広場]に出て巴里で一番広い鏡のやうなAvenue du Bois de Boulogne[*ブーローニュの森通り。今のフォッシュ通り]を行く。小雨来る。Bois de Boulogneのlakeをと廻りす。その広い公園に驚く。どこへ行っても電気の美くしさ、それは巴里を幻惑の都の如くする。
Madeleine[*Église de la Madelaine、マドレーヌ寺院]でtaxiをすてて歩く。Madeleineはその大きな美くしい列柱に威圧される。
Boul.de la Madeleine[*マドレーヌ大通り]を歩く。綺羅きらをかざった男女で非常な賑ひである。Opéra前のcaféで一休。Duvalで晩餐。Cinema de la Madeleineで活動[*映画]を見る。あまり大きな小屋ではない。Vesuvio[*ヴェスヴィオ山]山麓の情話は哀れであった。十二時、帰る。まだBoulevard[*大通り]には人の波が絶へない。巴里の人は時間を知らずに夜は遊ぶのだ。

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