1925・3・21 イタリア・ナポリ

~孝吉の日記~

土。六時に起きてPesto[*ペスト。Paestum(パエストゥム)]へ行かうと思たが、雨が少し降てゐたのでよす。午前、窓から洋館風景をスケッチする。
午後、三人[*川島理一郎・エイ夫妻と孝吉]で山の見晴みはらしのよいristorante[*レストラン]へ行って水彩のスケッチをやる。川島さんは油をやる。音楽師が来てさかんにやる。マカロニや菓子がうまい。

この日午後の孝吉のスケッチ(紙、水彩、35センチ×49センチ、個人蔵)

■火山とともにある街、海とともにある街

画家2人が一緒に絵を描きに出た際、描く対象はどう違うのだろうか。同じ構図は避けようとするものだろうか。


3月19日にナポリの街を見下ろすヴォメロの丘に上った孝吉は「赤や黄の洋館の市街が一望のもとに見え、遠くに海とVesuvioの山を望む。絶佳。画の材料だ」と日記に記した。


だが2日後のこの日、川島理一郎と腰を据えたのは、丘の頂上ではなく中腹にあるレストランの一角だった。鳥の目で街を見下ろすのではなく、街に暮らす人々のまなざしで描きたかったのかもしれないし、手前に家々を大きく配することで遠近感を表現したかったのかもしれない。

街を見晴らす同じ場所にいながら、2人が描いた方角は90度ほど違った。


孝吉が水彩でスケッチしたのは南東方向。噴煙を上げるヴェスヴィオ山とともにある街を描いている。18日にポッツオーリを訪ねた際、山に立つ赤壁の洋館に目を留めており、赤が目立つ街並みに関心を抱いたのだろう。丘の上で印象的だったはずの海は入れていない。


一方、川島が油彩画を描いたのは、南西方向。この日の作品《ナポリよりポッツォリを望む》は今、栃木県立美術館蔵となっている。雨上がりでも碧い地中海と、港を出ていく船。ナポリ湾を囲むように並ぶ家々。海とともにある街の美をすいすいと筆を動かしてとらえている。


海を望めるレストランなら、昼間も店を開けていたに違いない。2人が絵筆を握っていたとき、すでに賑やかな音楽が響き、マカロニ料理の香りが漂っていただろうか。

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