~孝吉の日記~
火曜日。晴。川島さんに来てもらってOpera附近のBoule. des Capucines[*カプシーヌ大通り]、Lloyds and National Provincial Foreign Bankへ金を引出しにゆく。外国係部長の爺さんが東京の地震[*関東大震災]の話を聞いて驚く。
それよりBanque Franco-Japonaise[*日仏銀行]へ行く。
門で箱根丸で来た人二三人に会う。正午、hotelに帰る。St.Germain[*サンジェルマン大通り]近くのDuval Restaurantにて午餐。牡蠣がうまい。
Louvre
それからLouvre[*ルーブル美術館]へ行く。今日は多年憧れて念頭から去らなかったそのLouvreを見た。自分にとってこれより幸福な日はなかった。Louvreの建築それ自身が己に偉大なものである。古代Egypt、Assyria、Greece、Romeと大きな彫刻や美しいantiquities[*古代遺物]がうんざりする程立ち並ぶのには、自分そのものが根からくつがへされる。殊にEgypt、Assyriaのものはその堅実と重みと大きさに於て他を圧する偉力を持ってゐる。
Greeceのあの美の極点さへもそれには大きさに一歩をゆずるやうに思はれた。
それからRomeに来るともう芸術といふものが宗教から去って崇高を失って大きさばかりが残る。
夕暮なので画の少しを見て外に出る。
Jardin des Tuileries[*チュイルリー公園]を通過して夕もやの中にオベリスクとArc de Triomphe[*凱旋門]がぼんやりと見へる。
公園の木立のあちこちには石の彫像が立ってゐる。
神の造った美の都。それより他に云ふ事が出来ない。
hotelへ帰って晩餐。夜は本名氏と二人で美術学校[*国立高等美術学校]前からSt.Germain大通からSt.Michel[*サン・ミッシェル大通り]へ散歩す。店は大抵戸をしめて淋しく、若い男女が暗い町をあちこちに歩くのが見える。
Louvreはあまりに大きい為、これから永くかゝって見る事にする。
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