~孝吉の日記~
小雨。金曜。窓外にアルノ河を望んで対岸に古い家並と鐘堂を見る。くたびれてゐるので、Florenceのプログラムなどを作って過す。
午後、多年心を去らなかったGalleria Uffizi[*ウフィツィ美術館]を見る。Ponte Vecchio[*ヴェッキオ橋]もよい。多くの天才を集めた古Firenzeの花期を思ふ。Uffizi Gallery[*ウフィツィ美術館]は予期にそむかず渡欧以来の感激の大なる一つであった。Palazzo Uffizi[*ウフィツィ宮]の建築、階段、長い立派なcorridor[*回廊。ドーリア式]はさっぱりとした大きなRenaissanceの建築美を発輝する。
最も感じのよいmusée[*美術館]だ。静かな美くしいこの世ならざる世界へ導くすばらしい作品に充ちてゐる。
Primitive Italie[*1]のBernardo Daddi[*ベルナルド・ダッディ]
Cimabue[*チマブーエ]、Orcagna[*オルカーニャ]、Giotto[*ジオット]
Simone Martini[*シモーネ・マルティーニ]、Masaccio[*マザッチオ]
Filippo Lippi [*フィリッポ・リッピ]
Botticelli(Spring)( Venus) [*ボッティチェリ《春(プリマヴェーラ)》《ヴィーナスの誕生》]
Leonardo da Vinci Ghirlandaio[*ドメニコ・ギルランダイオ]
Verrocchio(Baptism of Chirst)[*アンドレア・デル・ヴェロッキオ《キリストの洗礼》]
などの傑作がおしあふ。
其他、Titian[*ティツィアーノ]、Rubens、Raphael[*ラファエロ]、Michelangelo
の二三よいものもある。
それからDuomo[*ドゥオーモ(大聖堂)]を見る。Giottoが設計に手をつけたといふCampanile[*鐘楼]、八角のBaptistery[*サン・ジョヴァンニ洗礼堂]もよい。Duomoも悪くはない。けれど思った程よい気分はしない。
中へ入るとさっぱりとしたRenaissanceのよい所はある。frescoesも聖者の図が四五枚よい画だ。
Ponte Vecchioの土産屋をのぞいてArnoの川岸を歩いて帰る。雨上りの雲間に夕日がもれて、ゆるやかなArnoの水に家並や遠山が姿をうつす。日本の京都の景色を誰でも思ひ浮べるのも無理はない。LippiやBotticelliのback[*作品の背景]にある透明な美くしい風景のある暗示を見る事は出来る。伊太利は美くし。
【註】
*1 正しくは「Italian primitives」(英語)、「primitifs italiens」(フランス語)、「primitivi italiani」(イタリア語)。ルネサンスの礎が築かれた14~15世紀頃のイタリア美術とその芸術家たちを指す。最近は「プロト・ルネサンス」「プレ・ルネサンス」とも呼ばれる。

孝吉がフィレンツェの定宿としたホテル・ベルキエリからアルノ川を挟んで対岸を望む(1925~26年)=撮影・孝吉。100年後の今も、ほぼ同じ写真が撮れそうなほどに街並みが保存されている。


孝吉が現地で買ったドゥオーモとベッキオ橋の絵はがき。
花の都フィレンツェは周囲を山に囲まれた盆地で、まちの中心部を川が流れる。日本を遠く離れて、孝吉がふと五山に囲まれ鴨川が流れる故郷、京都を思うのも無理はない。ちなみに、両市は1965年に姉妹都市となった。