1925(大正14)・1・18 パリ

~孝吉の日記~

日曜。Louvre[*ルーヴル美術館]へ行く。Renaissanceの油絵を見る。フランスの十五六世紀にもよいがある。静かでよいが、少し陰鬱だ。
さすが、ダビンチ、チヽアン[*ティツィアーノ]、チントレット[*ティントレット]、デルサルト[*アンドレア・デル・サルト]、ジオルジオネ[*ジョルジオーネ]、レンブラント、バンダイク[*ファン・ダイク]、グレコ、ドラクロア、ミレー、クールベー 皆、普通でない深い空気の中に自分を見出す神のよろこびがある。
全体に黄色味を帯びたあの深刻な美くしい調和は平凡人の追従を許さない。Rubensにはやはりよい作もあるが、少し上っ調子のものがある。アングルの空気は平凡だ。美くしいやうで浅い。Ruystael[ママ、*1]の風景はうまい。しかし、上の大家のやうな奥深さが足りない。ゴヤ、ベラスケス、さすがにうまい。その色彩は南欧伊太利のチチアン、ジオルジオーネなどより寒い。自分は南欧の暖い色調が好きである。
最も好きなのをあげると
   Da Vinci  Mona Lisa Joconde [*《モナリザ》]
         Virgin and Child with St.Anne [*《聖アンナと聖母子》]
   Titian    Jupiter and Antiope  [*《パルドのヴィーナス》。《ユピテルとアンティオペ》とも呼ばれる]
         Entombment [*《キリストの埋葬》]
   Tintoretto  Susanna [*《水浴のスザンナ》]
         Portrait himself [*《自画像》]
   Gaspard Dughet [*2] Landscape [*《風景》]
Rembrandt     Bathsheba
           in his old age [*《ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴》]
         Hendrickje Stoffels [*《ヘンドリッキェ・ストッフェルス》]
         St. Matthew and an Angel [*《聖マタイと天使》]
         Boeuf [*《皮を剝がれた牛》]
         Himself in a bonnet [*《トーク帽を被った自画像》のことか]
Andrea del Sarto  Charity [*《慈愛》]
Giorgione      Concert in the open air [*3]
Rubens       The Kermesse [*《村祭り》]
         Helena Fourment and her children [*《エレーヌ・フールマンと子供たち》]
         Landscape(Salle Van Dyck) [*4]
         Ixion(Schlichting Collection) 
          [*《ユノに欺かれるイクシオン》(シュリヒティング・コレクション)]
Delacroix      Don Juan’s Shipwreck [*《ドンファンの難船》]
          Dante and Virgil [*《ダンテとウェルギリウス》。《ダンテの小舟》としても知られる]
          The Death of Sardanapalus [*《サルダナパールの死》]
Goya        Spanish Girl [*5]
Millet        Gleaners(Salle des Etats) [*《落穂拾い》(国家の間)]
          Spring ( 〃 ) [*《春》]
          Angelus [*《晩鐘》][*6]
          Chepherdess(Chauchard Collection) [*《羊飼いの少女》(ショシャール・コレクション)]
          Spinning (    〃     ) [*7]
          Spinnner (    〃     ) [*《糸紡ぎの女》]
          Winnowing 穀をふりわける (〃) [*《をふるう人》]
Courbet       His Studio [*《画家のアトリエ》]
          Spring [*8]
          Wounded Man [*《傷ついた男》]
          Fight between Stags 鹿 [*《牡鹿の闘い》]
Poussin       Diogenes casting away his cup [*《鉢を投げ捨てるディオゲネス》]
          Apollo and Daphne [*《アポロンとダフネ》。《ダフネに恋するアポロン》としても知られる]
          The Funeral of Phocion [*《フォキオンの葬送》]

[*9]

【註】
*1 オランダ絵画の黄金期に活躍した風景画家、ヤーコプ・ファン・ロイスダール(Jacob van Ruisdael。1628頃~82)のこととみられる。姓は「Ruysdael」とも表記される。叔父サロモン・ファン・ロイスダール(Salomon van Ruysdael。1602~70)も風景画家で、ルーヴル美術館が作品を所蔵している。
*2 ガスパール・デュゲ(1615~75)。生涯をイタリアで過ごしたフランス人風景画家。プッサンの弟子で義弟。
*3 《田園の奏楽》。長くジョルジオーネ作とされてきたが、同門とされるティツィアーノ作との説もあり、現在
はルーヴル美術館はティツィアーノ作として展示している。
*4 「風景」(ファン・ダイクの部屋)。ルーヴル美術館が所蔵するルーベンスの風景画は複数あるが、《鳥を捕る人のいる風景》または《ローマのパラティーノの丘の遺跡のある風景》とみられる。
*5 《マリアナ・ヴァルトシュタインの肖像》とみられる。マリアナ・ヴァルトシュタインはウィーンに生まれ、若くして結婚してスペインに住んだ人だが、古い目録では「スペイン女性の肖像」とされ、孝吉が使ったガイドブックでも「若いスペイン女性」を描いた作品と紹介されている。
*6 《晩鐘》も、いったんは米国に渡ったが、アルフレッド・ショシャールがフランスに買い戻して遺贈した「ショシャール・コレクション」に含まれる。
*7 《編み物をする人(The Knitter)》を指す可能性が高い。
*8 《狩られたのろ鹿 春》とみられる。
*9 孝吉がルーヴル美術館で見た油彩画の中で好きな作品として挙げたミレーの7点とクールベの4点は、現在は1986年開館のオルセー美術館に移管されている。

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