~孝吉の日記~
土曜日。雨。午前、St.Germain[*サンジェルマン]通を散歩。午後、Louvre[*ルーブル美術館]へ行く。初めて絵画室を一覧した。もう何と云ってよいかわからない。あまりに圧倒されるやうで息苦しく迠なって来。見上るやうな大きな絵が無数に頭の上からのしかかって来て、唯ぼう然として、どれを見てよいかわからない。貴重なるもの、偉大なるものもあまりに数多い為、人の頭に入らない。
曇天の夕暮で室の中は非常に陰鬱である。
最初の印象は唯おさへつけられる様だった。
あまりに刺戟が多すぎる。批評は後にゆっくりと見る事とする。たゞRubens[*ルーベンス]は矢たらに大きくてその割には深刻でない事。さすがダビンチ、ボチセリ[*ボッティチェリ]など伊太利古大家、レンブラント、ドラクロア、ミレー其他、深刻で自然の表面を走て居ない。
今日は自分にとって記憶すべき幸福な日である。
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