~孝吉の日記~
火。雨。朝から曇てゐたが、約束通、本名[*本名文任]、瀧山[*瀧山源三郎]両氏とSt-Germain-en-Laye[*サン=ジェルマン=アン=レー]へ行く。Gare Saint- Lazare[サン=ラザール駅]で待ち合はす。むこ[*向こう]へ着く頃から雨が降り出す。
途中、絵のやうな別墅地[*別荘地]が多い。雨で仕方ないので、駅前のcaféで弁当を食ふ。両氏は玉をつく。
後、Château[*城]のMusée des Antiquités nationales[*国立古代博物館。現在の国立考古学博物館]を見る。中々よいmuséeだ。フランス内ドルドーニュ、カルナックその他の地方で発掘された歴史以前、gracial、stone、bronze age[氷河、石器、青銅器時代]のflint[*火打石]やcurved bones[*彫刻された骨]、dolmen[*支石墓]、など沢山集められてゐる。中にも[*中でも]角に彫った獣は実に真にふれてゐる。その他、Gallo Roman[*ガロ・ローマ(帝政ローマ支配下にあったガリア)]のvase[*壺]などが無数だ。archaeologist[*考古学者]もartistも見のがしてはならないだろう。
雨で写生が出来ず、そのまゝ又、汽車で帰巴。
夜、Opéra[*オペラ座]にGrand Gala[*グラン・ガラ。特別公演]、Jan Kubelik[*ヤン・クーベリック。チェコのヴァイオリニスト、作曲家]を聞く。さすがにうまい。
Programme
Concerto en ré majeur[*ヴァイオリン協奏曲ニ長調]、op.51[*1] Beethoven
Concerto n゜6 en si mineur [*ヴァイオリン協奏曲第6番ロ短調] Jan Kubelik
La Streghe[*魔女たち(魔女たちの踊り)] Paganini[*パガニーニ]
番外
La Campanella[*ラ・カンパネラ] Paganini
Ave Maria[*アヴェ・マリア] 番外
番外
殊にKubelik作のConcerto[*協奏曲]とAve Mariaは素敵だった。Ave MariaはElman[*ミッシャ・エルマン]やHeifetz[*ヤッシャ・ハイフェッツ]のも聞いたが、Kubelikのもさすがに劣らない。
【註】
*1 プログラムには1枚もの、パンフレットともに「作品番号51」と記されており、孝吉もそのまま日記に書き写したとみられる。しかし、冊子には楽章名として「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」「ラルゲット」「ロンド」が書かれており、正しくは「61」。ちなみに51はピアノ独奏曲である。

この日のヤン・クーベリック公演プログラム。孝吉が「素敵だった」と日記に記したクーベリック作曲のヴァイオリン協奏曲第6番は「初演」とある。

公演のパンフレットより、クーベリック作曲のヴァイオリン協奏曲第6番の解説。前年の1924年夏にアッバツィア(当時はイタリア支配下。現在のクロアチア・オパティヤ)で作曲したと記されている。