1925・3・25 イタリア・フィレンツェ

~孝吉の日記~

水。曇。朝からSan Marco[*1]へ行く。Fra Angelicoの絵もGreeceやPompeiiの純真な、よりprimitive[*プリミティヴ、根源的]なものを見て来た後の目には、前来た時のやうには感じなくなった。基督教美術としてはprimitiveであり、又、最もうるはしいものではあるが。Pompeiiのfrescoが生気はつらつとした女性とするならば、Angelicoのは僧院にしりぞいた処女のやうだ。彼は陽で、これは陰である。彼は動で、これは静である。基督教思想の静寂もよいが、Pompeiiの人間性の自然に流れ出た発動がよりよく自分の心を引きつける。基督教の精神を以て見る時、Angelicoの絵が尊く見えるが、しかしGreeceなどのあの潑らつとした精神に比して無気力であり、小さくもあり、多少の作為も見出す。亦止むを得ない。午後、Uffizi Gallery[*2]へ行く。Orvieto、Roma、NapoliでGreek、Etruscan、Roman[*「ギリシャ、エトルリア、ローマ芸術」の意]などよいものを沢山見た自分は、Giottoやチマブエ、Angelico、Botticelli、Da Vinciにさえも最上の嘆賞をさゝげる事は出来ない。RubensやRembrandtなどはこのItalyでは表面的か、小さい一地方の芸術としか見えないのも不思議だ。夕暮、Duomo[*ドゥオーモ]から街を散歩する。

【註】
*1 サン・マルコ美術館。岩田豊雄と訪ねた2月14日以来、39日ぶりの再訪だった。前回はフラ・アンジェリコのフレスコ画
に対して「崇高」「超現実の静寂」などと讃辞を連ねている。
*2 ウフィツィ美術館。こちらも2月13日以来の再訪だった。

フィレンツェのドゥオーモ(孝吉が現地で買った絵はがきより)。35日ぶりに戻ったまちで、孝吉は自らの美術観の変化を実感する。

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