~孝吉の日記~
金。晴。早速、午前、Vatican[*ヴァティカン]へ電車で行く。
Piazza S.Pietro[*サン・ピエトロ広場]のオベリスクと勢よく水を噴く二つのfontana(噴水)は大きなdoric[*ドーリア]式の円柱の立ちならぶ円形のcolonnades[*列柱]と共に壮観だ。Vaticanの西北の端の入口から入る。大きな宮殿で立派な所もあるが、王[*教皇]の無趣味の豪華が建築をいやなものとしてゐる所が多い。つまらないものを沢山陳べてゐるには意外だった。
こゝでもRomaの彫刻は心を引くものはない。よいものはEgyptとEtrusc[*「エトルリア」の意味で使っている]とGreeceだ。ゲーテが感心したといふアポロ[*《ヴェルヴェデーレのアポロ》]も、名高いLaocoon[*《ラオコーン》]も、あまりよいものを見過ぎてゐる自分の心を奪う美くしい魅力がない。
それよりもtorso[*トルソ。胴体部の彫刻]などにもっと好きなものを見出す。
Sistine Chapel[*システィーナ礼拝堂]に入た印象は悪いものではなかった。Michelangeloの大きな壁画や天井はよく人がそれ程でもないと云ふのを聞くが、やはりうまいと思た。全体堂内が荘厳で、しかも陰鬱な感じを与へないのは好きだ。側壁のBotticelli、Pergino、Pinturiccio[*ピントゥリッキオ]などのMoseとキリストの伝のfrescoesもよい落着を表はす。
Stanze di Raffaello[*ラファエロの間]のfrescoesはあまりよくない。RaffaelloはDa VinciやMichael[*ミケランジェロ]やBotticelliなどの比にならない。中でAthen学派[*《アテネの学堂》]の一面は少しよい出来だと思ふ。
Loggia di Raffaello[*ラファエロの回廊]は建築、絵画共によくない。一度出で他の入口からPinacoteca[*絵画館]へ入る。二百枚位の画がある。相当のものもある。Da Vinciの一枚はよい。
Pergino、Angelico、Titian[*ティツィアーノ]など。
Raffaelloの大作は又よくない。そこを出て労れたので馬車で帰る。Castel S.Angelo[*サンタンジェロ城]の前を通て街を曲り曲り走る。Piazza Colonna[*コロンナ広場]にはColumn of Aurelius[*マルクス・アウレリウスの記念柱]が天空に立つ。
Palazzo di Giustizia[*正義の宮殿](今はJustice[*裁判所])[*1]も偉大なよい建築だ。あちこちの古雅な愛ふべきfontanaから水が噴出してゐる。Romaはやはり美の都だ。
午後、Piazza Gesu[*ジェズ広場]の日本大使館(Pal.Altieri[*パラッツォ・アルティエリ]内)へ行く。中々大きい建築だ。近くのPantheon[*パンテオン]を見る。restruction[*「修復」といった意味で使ったとみられる]の部分も多いが、古城とGrreek templeとを混合したやうな建築で、所々に残されたRomanの部分は中々よい堂々たる建築美を保ってゐる[*2]。Romaの建築には大なる芸術が残てゐた。ミケランゼロの設計したPiazza Capitolina[*カンピドリオ広場]へ上る。おかれたGreek、Romanの彫刻も建築もよい。それからすぐ裏から大なるRoman ruin、 Forum Romanum [*ラテン語「フォルム・ロマヌム」、イタリア語「フォロ・ロマーノ」]を一望に見わたす。十数本の立残たcolumns[*列柱]の向にbasilica[*公会堂]の台座やruinの上に建てられたéglise[*教会]、はるか向にColosseum[*ラテン語「コロッセウム」、イタリア語「コロッセオ」]が大きな体躯を横へArch of Titus[*ティトゥスの凱旋門]迠も見渡される。
現代市街の煩雑が古代羅馬の追想をさまたげるが、列柱の上に残された一capital[*柱頭] のdecoration[*装飾]にさへも羅馬の偉大と美くしさを喚起するには充分である。
【註】
*1 司法宮は1889~1911年に建てられ、孝吉が目にした当時はまだ築14年の新しい建築物だった。孝吉は「今は」と書いているが、完成当初から裁判所。2025年現在、最高裁に似た機能を持つ破棄院などの建物となっている。
*2 初代のパンテオンは紀元前1世紀に建設されたが、80年に焼失。2代目は110年の落雷で再び焼失した。現存する3代目はハドリアヌス帝下の2世紀再建で、修復、改装を重ねながらも約1900年前の姿をとどめている。
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サン・ピエトロ大聖堂のクーポラから望むローマの街(いずれも孝吉がイタリアで買った絵はがき)
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サン・ピエトロ広場を囲む列柱(左)

サンタンジェロ城前を行く馬車。奥にサン・ピエトロ大聖堂が見える。岩田と孝吉もこの道を馬車に揺られた。

正義の宮殿

カンピドリオ広場から見渡したフォロ・ロマーノ