1925・2・14 イタリア・フィレンツェ

~孝吉の日記~

朝、Santa Maria del Carmine[*サンタ・マリア・デル・カルミネ教会]へ行く。古朴な寺だが、中は後に手をつけたのでさっぱり見られない。名高いMasaccio[*マザッチオ]のfrescoes from the story of the Apostles[*《みつぎぜに》など壁画連作「聖ペテロ伝」]だけは素晴らしい名作と云てよい。
あの静寂な人間の態度と空気、その古雅にさびた色と壁。激賞の他はない。
それから近くのSanto Spirito[*サント・スピリト教会]に行く。こゝは又facade[*ファサード。建物正面の外観]も内部もsimpleなよい建築で石の円柱の林立する所、赤れんがのしきつめたゆか。建築美にうたれる。沢山のFilippo Lippi[*フィリッポ・リッピ]の傑作がどの壁にも懸てゐる。中々うまい画家だ。こゝで又感嘆。
Gallery Pitti[*Galleria Palatina。パラティーナ美術館]を見る。Pitti宮殿の中部なんだが、ちと装飾がけば付く。窓からGiardino di Boboli[*ボボリ庭園]の噴水や立木が見へて美くし。陳列のも沢山ある。
  Filippo Lippi  Madonna and Child[*《聖母子》]
  Perugino Madonna [*《袋の聖母》] backの風景がよい
          Deposition from the Cross[*《キリストの哀悼》]
  Rubens     The Consequences of War[*《戦争の惨禍》] 大作
          Paysage[*風景]
            Portrait of himself[*1]
  Tiziano      The Magdalen[*《マグダラのマリア》]
  Sodoma    Saint Sebastian[*《聖セバスティアヌスの殉教》]
  Da vinci    Portrait of himself[*自画像]
  Rembrandt  Self Portrait[*自画像]
         〃

午後、馬車でMuseo San Marco[*サン・マルコ美術館]へ行く。
かくまでにFra Angelicoの作品が質に於て優れ、又かく迠に沢山この寺にあらうとは思はなかった。第一の中庭をめぐるchiostro[*回廊]の美くしさ。まん中に立つ大きな唐松。実によい。それから二階の六十に近いあまたの僧坊(ospizio)に一つずつ描かれたfrescoes。画面こそあまりおおきくないが、内容に於て広大、崇高、壁面の古色の美くしさ、超現実の静寂。いくら記してもあの美くしさはAngelico以外のものは表せない。
中にも[*でも]
  L’Annunciazione[*《受胎告知》]36
  Cristo appare alla Maddelena [*《我に触るな》]38
  La Deposizione di Cristo nel sepolero [*《キリストの埋葬》]39
  L’Annunciazione [*《受胎告知》]40
  La deposizione dalla Croce [*《十字架降架》]28
  La fuga in Egitto[*《エジプト逃避》]19
  Zaccaria impone il nome a San Giovanni Battista[*《洗礼者聖ヨハネの命名》]16
  Sepoltura di Gesu[*《哀悼》]
  L’orazione di Gesu sul degli Olivi[*《オリーヴ山の祈り》]
他にGhirlandaio[*ギルランダイオ]のLast Supper[*《最後の晩餐》]や古い装飾のfrescoesも中々よい。
San Marco前のcaféで一休。又、馬車でPorta San Miniato[*サン・ミニアート門]まで行き、Piazzale Michelangelo[*ミケランジェロ広場]へ登る。風吹き暗雲走るも、どことなく暖か味がある。山にはさまれたFirenzeの町と雲と立木は幾多のAngelicoやLippi、Botticelliの画を見るやうだ。遠く遠く曇る山、神秘なばかりに見へる。赤い屋根の家々、Duomo[*ドゥオーモ]、Ponte Vecchio[*ヴェッキオ橋]、その他のアルノ河にかけられた橋々が手前の樹木の上に見へる。美であり詩である。San Miniato[*サン・ミニアート・アル・モンテ教会]まで登る。夕暮れて帰る。河畔の夕、Ponte Grazie[*グラツィエ橋]のあたり美くし。

【註】
*1 《四人の哲学者》として知られる。ルーベンス自身も描かれている。

ミケランジェロ広場から見たフィレンツェの街並み(孝吉が現地で購入した絵はがきより)。孝吉は、このまちで活躍したルネサンス期の画家たちの眼差しを重ねて眺めた。手前の橋が、あたりの河畔の夕暮れが美しいと書いたグラツィエ橋。その奥はヴェッキオ橋、次いでサンタ・トリニタ橋。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次