~孝吉の日記~
曇。小雨。木曜。汽船でSan MarcoのPiazza[*広場]へ行く。高いCampanile[*鐘楼]に登て海にかこまれた市街を見下す。壮快。それからPalazzo Ducale[*ドゥカーレ宮殿]に入る。
ベロネーズはあまり感心しない。Tintoretto[*ティントレット]一人舞台だ。あまり大きくはないが、Minerva respinge Marte[*《マルスを退けるミネルヴァ》]、Fucina di Vulcano[*《ウルカヌスの鍛冶場》]、三人の裸女[*《三美神とメルクリウス》]、などのよい構図、肉体、色彩。さすがTintorettoと思はしめられる。かへって大きなParadise[*《天国》]や戦争の壁画はいやに黒くて、きらびやかな建築装飾と共に好ましいものではない。first floorの北の方の小さい階段の上にTitian[*ティツィアーノ]のS.Cristoforo(小さいキリストを負て川を渡る巨人)[*《聖クリストフォロス》]の図一枚は何と美くしい事か。永久に頭から去らない。正午、宿へ引きかへし、すこしスケッチして午後、午後二時四十分のFirenze行に乗てVeneziaを去る。曇天。小雨。どんよりとした野原を走る。
Padova、Ferrara[*フェラーラ]、Bologna[*ボローニャ]を過る。
これらの都会にも見るべきものがあるが、日がないので行過る。列車で晩餐。日がとっぷり暮れる。Pistoia[*ピストイア]近くへ来てどしゃ降る。
Florence
夜十一時、Florence着。出迎への宿屋馬車でArno川ぶちのHotel Berchielli[*ホテル・ベルキエリ]にとまる。Pension。 60₤。立派の間に入る。

孝吉が現地で買った絵はがき。手前中央が鐘楼。サン・マルコ広場や運河を見下ろせる。運河には帆船も浮かんでいる。

沖から遠望した鐘楼とドゥカーレ宮殿(中央右寄りの大きな建物)