2025年4月– date –
-
1925・4・28 パリ
~孝吉の日記~火。Belle Jardiniere[*百貨店ベル・ジャルディニエール]へ仕事着を買ひに行く。Vildracさん[*シャルル&ローズ・ヴィルドラック夫妻]のお宅で晝の御馳走をよばれる。夜、Gare Saint-Lazare[*サン=ラザール駅近くのThéâtre des Arts[*テアトル・デ・ザール(芸術劇場)]でPitoëff[*1]の芝居を見る。現在では最も人気のある俳優だ。題はJeanne d’Arc[*2]でMadame Pitoëff[*3]がつとめる。ピーランデロの脚本[*4]で、節が深刻、広大で俳優がよい為、力のある芝居だった。... -
1925・4・26~27 パリ
4・26 ~孝吉の日記~日。曇。午後、Bois de Boulogne[*ブーローニュの森]へ行く。池畔を歩む。日曜で人が楽しげに歩む。新緑樹間に草花美くしく咲いて、池水春風にゆらぐ。ボートに乗る男女あり、喃々と語り行く者あり、自働車を飛ばす者あり。広いBoisの春は冬来た時と雲泥の差がある。夜は初めてNational Grand Opéra[*国立グランド・オペラ]へ行く。今日はThaïs[*『タイス』]だ。Opéraの建築はさすがに重みがあってこの種の建築では第一だらうと思ふ。vestibule[*ロビー]、balcon[*バルコニ... -
1925・4・25 パリ
~孝吉の日記~土。曇。案外に寒い。午前、Vildracさんの奥さん[*1]が見へた。午後、Indépendantsの展覧会[*アンデパンダン展]をも一度見に行く。帰りにÉtoil[*エトワール広場]附近のGalerie Durand-Ruel[*デュラン=リュエル画廊]を見る。初期印象派の画たのには驚く。どうも一世紀も前のやうだ。 【註】*1 ローズ・ヴィルドラック。劇作家、詩人の夫シャルルとともに画廊を経営していた。 ■「狂乱の時代」に見る初期印象派 モネの作品《印象・日の出》が由来となって、「印象派」という言葉が生... -
1925・4・24 フランス・リュエイユ、ブージヴァル
~孝吉の日記~金。晴、にわか雨。川島[*川島理一郎]、本名[*本名文任]、瀧山[*瀧山源三郎]の三氏とSeine[*セーヌ川]の下流、Rueil[*リュエイユ]へ出かける。川島さんがかつて一夏をこゝに過した思出の地だ。Gare Saint-Lazare[*サン=ラザール駅]から汽車で行く。Saint-Germain-en-Laye[*サンジェルマン=アン=レー]行の四つ目位の停車場である。Seineにそって古風な町がある。川堤を行く。畔で弁当を食ふ。静かな景色だ。通雨がぱらつく。渡守を呼んで中の嶋[*1]へ渡り、カフェーで休... -
1925・4・23 パリ
~孝吉の日記~木。曇。雨。午後、川島さん夫妻[*川島理一郎・エイ]と又、Waroquierさん[*アンリ・ド・ヴァロキエ]のお宅をPlace Panthéon[*パンテオン広場]に訪ねる。Espagne[*スペイン]やVeneziaの油[*油彩画]など沢山見せてもらう。確っかりとした努力の階段を進んで行た事がよくわかって得る所が多かった。そして総ては頭から作り出される事もわかった。そこへmadameが見えてお茶などよばれる。日本の歌が聞きたいといはれて、奥さん[*川島エイ]が追分け、自分がまずい大島ぶしを歌ふ。面白... -
1925・4・21~22 フランス・サン=クルー、パリ
4・21 ~孝吉の日記~火。快晴。Saint-Cloud[*サン=クルー]へ川島さん夫妻[*川島理一郎・エイ]、本名氏夫妻[*本名文任・蝶]と瀧山さん[*瀧山源三郎]と六人連で行く。Saint-Cloudで弁当を食ふ。スケッチもする。帰り、Billancourt[*ビヤンクール]からMeudon[*ムードン]をスケッチする。この附近に中々描きたい所が多い。Étoile[*エトワール広場]附近の常盤で日本料理を食ふ。久しぶりでうまかった。 4・22 ~孝吉の日記~水。曇。平凡に過ぎる。 -
1925・4・18~20 パリ
4・18 ~孝吉の日記~土。晴。午後、画商などを見て歩く。夜、岩田氏[*岩田豊雄]寓[*仮住まい]を三人で[*川島理一郎・エイ夫妻と]訪ねた。 この日の画廊巡りで見たとみられるスペイン生まれの画家ハシント・サルヴァド(1892~1983)の個展の目録。水彩やエッチング作品ほかを取り混ぜて展示している。 4・19 ~孝吉の日記~日。快晴。手紙など描く。夜、Théâtre des Champs-Élysées[*シャンゼリゼ劇場]のStudio[*小ホールの「スタジオ・デ・シャンゼリゼ」]を見る。小さい劇場で、d... -
1925・4・16~17 パリ
4・16 ~孝吉の日記~木。曇。午前、Porte Maillot[*ポルト・マイヨ]で開かれてゐるSalon indépendants[*アンデパンダン展]を見に行く。三千点。その内つまらないものが九分五厘を占めて居るのは閉口した。しかし三十枚程は少し新しくて面白いものもあった。面白い以上に偉大なるものは殆で晩餐をよばれる。 【註】*1 アンリ・ド・ヴァロキエ(1881~1970)。フランスの画家、彫刻家、版画家。1927年に、川島理一郎と梅原龍三郎が前年に創設したばかりの国画創作協会第二部の在外会員とな... -
1925・4・15 パリ
~孝吉の日記~水。雨。午前、独逸へ再三行かれる柏村氏[*柏村次郎]が見へる。午後、大使館へ手紙を受けとりに行く。親戚や友人から手紙が来て、うれしく思た。友に会てゐるやうでよいものだ。夜、柏村氏をGare du Nord[*(パリ)北駅]へ送る。後、又、手紙をかく。 ■ -
1925・4・13~14 フランス・サン=クルー、パリ
4・13 ~孝吉の日記~Saint-Cloud[*サン=クルー]月。快晴。復活祭で郵便局も銀行も駄目。あてがはずれたので午後、郊外のSaint-Cloudへ行く。Châtelet[*シャトレ]から川汽船で行く。遊びに行く男女多くてづゞ[*数珠]つなぎになって待たされる。やっと四五廻目の汽船に乗る。一人2frs10、は安い。沢山のSeine[*セーヌ川]にかけられた立派な橋の下を過ぎて走る。両岸の景色が変化して美くしい。春風嫋々のやうな所が多い。現代の油絵の材料だ。 4・14 ~孝吉の日記~火曜。曇。川島さん[*川...
12